この記事にはプロモーション(広告)が含まれます。
「実は、さっき少し気になってたんです」。 ヒヤリとした出来事のあとで、スタッフがぽつりとそう言う。
こんな場面、ありませんか?
気づいていたなら、その時に言ってほしかった……。でも、言えない空気を作っていたのは自分かもしれません。

医療の職場では、この「言えなかった一言」が患者さんの安全に直結します。 この記事では、医療の心理的安全性とは何か、そして上司が毎日できる5つの行動が分かります。 「仲良し」と「何でも言える」の違いも、図で整理します。
私は堀口 健(Ken)です。1年目から薬局の管理職(管理薬剤師)を10年。 人事(採用面接)とマネージャー(他店舗の売上管理・スタッフの教育)も担当しました。
最初の職場では、失敗もあり10人以上が辞めています。 そこから変えたことで、最後の2年は辞める人がいませんでした。
医療の心理的安全性とは|「言っても大丈夫」とみんなが思えること
結論から言います。心理的安全性は「ここでは言っても大丈夫」という、チームの共通の安心感です。
たとえば「この処方、ちょっと気になります」と言っても、笑われたり怒られたりしない。 そう信じられる状態のことです。
心理的安全性の研究でよく知られているのが、ハーバード大学の Edmondson です。 1999年の論文で、心理的安全性を「対人関係のリスクをとっても安全だと、チームのみんなが共有している考え」と定義しました。
「リスク」って、どんなことを指すんですか?

質問する、ミスを打ち明ける、反対の意見を言う。 どれも「変に思われないかな」とためらいやすい行動ですよね。
この研究は、米国の家具メーカー1社の51チーム(427人)を調べたものです。 心理的安全性が高いチームほど、質問する・助けを求める・ミスを話し合う、といった「学ぶ行動」が多いと分かりました。
医療の職場の研究ではない点は、知っておいてください。
出典:Edmondson, A.(1999)「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」Administrative Science Quarterly
もう1つ、よく知られているのが Google の社内調査(Project Aristotle)です。 Google は2015年、社内の180以上のチームを2年かけて調べた結果を公表しました。
効果の高いチームに共通する5つの特徴のうち、心理的安全性がいちばん大事だったと報告しています。 ただ、IT企業1社の社内調査で、査読のある論文ではありません。
出典:Rozovsky, J.(2015)「The five keys to a successful Google team」Google re:Work ブログ(元のページは現在開けず、2015年11月19日の Social Media Today の転載記事で内容を確認・2026年10月21日閲覧)

医療だけの話ではないんです。ただ、命に関わる職場ほど「言えない」の重さが大きくなります。
「仲良し」と「何でも言える」の違い|基準の高さとの2軸で見る
心理的安全性は、仲良しの職場のことではありません。 言いやすさと、仕事の基準の高さは、両方そろって初めて意味があります。
Edmondson は、心理的安全性と仕事の基準の高さの2つの軸で、職場を4つに分けて説明しています。 横が「心理的安全性」、縦が「基準の高さ・責任」です。
| 安全性が低い | 安全性が高い | |
|---|---|---|
| 基準が高い | 不安な職場 | 学ぶ職場 |
| 基準が低い | 無関心の職場 | ぬるま湯の職場 |
出典:Edmondson, A. の4区分の考え方(Harvard Business Review〈2008〉「The Competitive Imperative of Learning」や著書『恐れのない組織』〈英治出版〉で紹介されているもの。本記事では原文の図を確かめられていないため、考え方の紹介にとどめます)

雑談は多いけれど、ミスの話になると誰も触れない。 これは「ぬるま湯」です。
逆に、基準は高いのに失敗を責める職場は「不安」です。 みんな必死ですが、ミスは隠れていきます。
うちは仲はいいんです。でも、言いにくいことは言わない空気かも……。


それ、よくあります。仲の良さは土台になります。そこに「基準を下げない」が加わると、学ぶ職場に近づきます。
あなたの職場は、4つのどこに近いでしょうか?
言えない職場で起きること|気づいても「黙る」医療者は少なくない
言えない空気は、医療では「黙る」という形で表に出ます。 気づいていても言わない人は、思ったより多いんです。
スイスの病院のがん診療9部門で、医療者1,013人が答えた調査があります。 回答者の大半は看護師でした。
同僚の危ないミスに気づいたことがある人は54%。 事故を防げたかもしれない情報を持ちながら、少なくとも1回は黙っていた人が37%でした。 出典:Schwappach, D. L. B., & Gehring, K.(2014年オンライン公開)「Frequency of and predictors for withholding patient safety concerns among oncology staff: a survey study」European Journal of Cancer Care

黙ることが少なかったのは、心理的安全性が高いと感じている人でした。 患者安全を大事にする姿勢が職場にある、と感じている人もそうでした。
本人の記憶にもとづく答えで、がん診療という1つの分野の結果です。 それでも「3人に1人以上が、言えなかった経験を持つ」という数字は重いですよね。

黙った人を責める話ではないんです。黙らせる空気が、どこかにあったということです。
良い病棟ほどミスの報告が多い?|数字の見え方が変わる理由
意外かもしれませんが、良い職場ほど、ミスの報告が多くなることがあります。 報告が多いのは、言える職場のしるしかもしれません。
Edmondson は1996年、米国の教育病院2つの8つの病棟で、投薬ミスを6か月調べました。 見つかったミスの数は、病棟ごとに大きく違いました。
数え方は「患者1,000人日あたり」です。 入院の患者さん1人が1日いると「1人日」と数えます。

出典:Edmondson, A.(1996)「Learning from Mistakes Is Easier Said Than Done: Group and Organizational Influences on the Detection and Correction of Human Error」Journal of Applied Behavioral Science
驚くのはここからです。 師長の指導や、病棟の人間関係の評価が高い病棟ほど、見つかるミスが多かったんです。
ただ、防ぎようのない有害な出来事の数は、病棟の特徴と関係がありませんでした。 そこから「報告しやすい病棟ほど、ミスが表に出る」と考えられました。
じゃあ、報告が少ないのは安心していい、ってわけじゃないんですね。

その通りです。ただ、逆に「心理的安全性を高めればミスが減る」とも言い切れません。 2025年に9本の研究をまとめた論文では、関係が見られたのは5本で、はっきりした結論は出せないとしています。
出典:Montgomery ほか(2025)「Psychological safety and patient safety: A systematic and narrative review」PLoS One
だから大事なのは、報告の数で一喜一憂しないことです。 言ってもらえたことを、仕組みの改善につなげられるかどうかです。
あなたの職場で、最後にヒヤリとした話を聞いたのはいつでしょうか?
職種の上下で言いにくさは変わる|看護師と医師の研究と、上司の一言
医療の職場には、職種の上下があります。 NICU の研究では、職種の上下で下の側にいる人ほど、心理的安全性が低いという結果でした。
米国とカナダの新生児集中治療室(NICU)23か所を調べた研究があります。 看護師は、医師より心理的安全性が低いという結果でした。
でも、その差を小さくしていたものがあります。 リーダーの「招き入れる言動」です。
論文では、これを「ほかの人の意見を求め、それに感謝する言葉と行い」と説明しています。 心理的安全性が高いほど、改善活動への参加も多くなっていました。
出典:Nembhard, I. M., & Edmondson, A.(2006)「Making It Safe: The Effects of Leader Inclusiveness and Professional Status on Psychological Safety and Improvement Efforts in Health Care Teams」Journal of Organizational Behavior
一時点の調査で、上司の言動を変えて効果を試した研究ではありません。 それでも、院長と看護師、管理薬剤師と医療事務の間にも、同じ構図はありそうですよね。

上の立場の人の一言で、空気は変わりやすいんです。だからこそ、上司の出番です。
言いにくさを抱えたスタッフが見せやすいサインは、医療・薬局のスタッフが辞める前兆7つにまとめました。
私の薬局の実例|「有給を取ると評価が下がる」と言われても先に取った
ここからは、私の現場の話です。 私の店では、取りにくかった有給を上司が先に取って見せたら、スタッフも少しずつ休めるようになりました。
1社目の薬局は、誰も有給を取ったことがない職場でした。 休みたい人は、代休を貯めて休んでいたんです。
そこで私は、スタッフが有給を取れる体制を作ろうと決めました。 ところが当時の役員からは、こう言われました。
「有給取ってもいいけど、評価は下がるよ?」 正直、びっくりしました。 有給を取った人に不利益な扱いをしないよう、労働基準法(附則第136条)で定められています。 でも私は、まず自分が先に有給を取りました。

すると、ほかのスタッフも少しずつ譲り合って休むようになりました。 制度はもともとあったんです。足りなかったのは「取っても大丈夫」という安心でした。
「今まで代休を貯めて休んでました。有給取って大丈夫なんですか?」 スタッフからこう聞かれた時は、何とも言えない気持ちになりました。
上司にそう言われても、先に動いたんですね。


役員の言葉には驚きました。でも結果を見ると、休めなかったのは制度ではなく、心の問題だったんです。
ちなみに私自身は、この後忙しくなって有給を取れなくなりました。 退職の時には、貯まった代休すら使い切れずに終わっています(笑)。
それでも、この出来事でスタッフからの信頼は少しずつ貯まっていきました。 有給は「言いにくいこと」の1つの例です。ミスの報告も、困っているという相談も、同じ形をしています。
上司が毎日できる5つの行動|医療の現場で今日からできること
結論です。空気は上司の毎日の小さな行動で作られます。 研究と私の現場の経験から、医療の職場で続けやすい5つにしぼりました。

① 言いにくいことを、上司が先にやって見せる
有給の話と同じです。 「分からないので教えてください」「私も今のは確認が漏れていました」と、上司が先に言う。
上の人が先に動くと、下の人も動きやすくなることがあります。有給の話でも、私が先に取ってから、ほかのスタッフも少しずつ休みを取るようになりました。
② 「気になったことある?」と、こちらから聞く
待っているだけでは、上下の差は埋まりません。 朝の準備や終業前に、1人に1回、意見を求めてみてください。
NICU の研究でいう「招き入れる言動」は、この形です。
③ 言ってくれたら、中身より先にお礼を言う
「教えてくれてありがとう」が先です。 内容が的外れでも、言ってくれた行動にまずお礼を言います。
最初の一言で否定されると、次からは黙ります。
④ ミスの報告は、人ではなく仕組みで直す
私の1社目では、薬を集めるルールがなく、記憶頼りでした。 そこで、すべての処方せんのコピーに、似た名前の薬の注意や確認した人の名前を書くようにしました。
スタッフどうしが言葉を書き合うようになって、取り違えも探す時間も減りました。 「誰が悪いか」ではなく「どこで起きやすいか」を探すと、報告は責める材料ではなくなります。
⑤ 言いやすさと一緒に、基準は下げない
言いやすい職場は、何でも許す職場ではありません。 患者さんの安全に関わる確認の手順は、守ってもらいます。
「言える」と「守る」の両方があって、学ぶ職場になります。
明日の朝からの5つ
- 自分の「分からない」を先に言う
- 1人に1回「気になったことある?」と聞く
- 言ってくれたら、まず「ありがとう」
- ミスは人ではなく仕組みで直す
- 安全の基準は下げない
あなたなら、5つのうちどれから始めますか? 全部でなくて大丈夫です。1つ続けば、空気は少しずつ変わっていきます。
職場全体の定着の話は、医療・薬局の離職率を下げる方法で詳しく書いています。
よくある質問
心理的安全性が高いと、ミスは減りますか?
減ると言い切れる研究は、まだありません。 8つの病棟を調べた研究では、師長の指導や人間関係の評価が高い病棟ほど、ミスが多く見つかりました。 報告しやすい職場ほどミスが表に出るのでは、と考えられています。
表に出たミスを仕組みで直すことが、安全につながります。
上司の自分が、上の人から否定される場合は?
全部を変えようとしなくて大丈夫です。 自分のチームの中だけでも、①〜③は始められます。 私の有給の話も、役員に言われたことはそのままに、まず自分が先に取るところから始めました。
もっと詳しく学ぶには?
もっと詳しく学ぶには、次の本があります(リンクは広告を含みます)。 心理的安全性を研究してきた Edmondson 本人の本が恐れのない組織です。 日本の職場向けに説明した本なら心理的安全性のつくりかたがあります。
まとめ|明日の朝、職場で変わること
心理的安全性は、仲良しのことではありません。 「言っても大丈夫」という安心と、高い基準の両方がそろった状態です。
言えない職場では、気づいたことが黙ったまま消えていきます。 だから上司が先に動き、聞いて、お礼を言う。それを毎日くり返します。
研究の多くは一時点の調査で、「こうすれば必ずこうなる」とまでは分かっていません。職場に合わせて、できることから試してみてください。
明日の朝、まず1人に「最近、気になったことある?」と聞いてみてください。 返ってきた一言に「ありがとう」と返す。そこから、言える職場は始まります。
あわせて読みたい
- 部下が「静かな退職」をしていたら? 責める前に上司が見直したい3つのこと
- 管理薬剤師に疲れたあなたへ|「板挟み」の正体と燃え尽きる前の3つの道
- 部下が辞めるのは自分のせい?背負いすぎない考え方と次にできる3つのこと
- 薬局・医療の管理職の教科書(記事のまとめ)
Amazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。
