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閉店後の片づけ中、部下が小さな声で言います。 「少しお時間いいですか。……来月いっぱいで、辞めたいと思っています」
頭が真っ白になって、思わず「え、なんで?」と聞き返してしまう。 こんな場面、ありませんか?
引き止めたいけど、引き止めていいのかも分からないんです。

この記事では、退職の引き止めはしていいのかを、法律の決まりと公的な資料で確かめます。 そのうえで、「辞めます」と言われた時の最初のひと言と、やってはいけない引き止め方が分かります。
私は堀口 健(Ken)です。1年目から薬局の管理職(管理薬剤師)を10年。 人事(採用面接)とマネージャー(他店舗の売上管理・スタッフの教育)も担当しました。
最初の職場では、失敗もあって10人以上が辞めました。 私自身が、条件で引き止められて信用を失った側でもあります。
退職の引き止めはしていい? 結論は「話すのはいい、決めるのは本人」
先に結論です。 引き止めの話をすること自体は、していいことです。でも、最後に決めるのは本人です。
法律を見てみましょう。 期間の決まっていない雇用(いわゆる正社員など)について、民法627条1項はこう決めています。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
出典:民法627条1項(条文は茨城労働局「よくあるご質問」でも確認・2026年10月22日閲覧)
つまり、働く人はいつでも辞めると申し出られます。 申し出から2週間たてば、会社が認めなくても雇用は終わります。
厚生労働省の茨城労働局も、事業主向けの「よくあるご質問」でこう書いています。
新しい人が見つかるまで、いつまでも退職を許可しないということはできません。
出典:茨城労働局「よくあるご質問(事業主の方)」(2026年10月22日閲覧)
就業規則に「1か月前までに申し出る」などの決まりがある職場もあります。茨城労働局の働く人向けのQ&Aでは、とても長い期間でなければ、その決まりに沿って申し出ることをすすめています。契約社員など期間の決まった契約は、別の決まりになります。
ちなみに、この条文は「辞める自由」の決まりです。 引き止めること自体を禁じる条文ではありません。 問題になりうるのは、引き止めの「やり方」のほうです。

「辞めないで」と気持ちを伝えるのは自由です。でも、決める権利は相手にあります。ここを最初に決めておくと、話し方がぶれません。
「辞めます」と言われた時の最初のひと言
最初のひと言で大事なのは、引き止める言葉より先に、打ち明けてくれたこと自体を受け止めることです。
辞めると言うのは、言う側もとても緊張します。 最初のひと言で「責められる」と感じると、本当の理由は話しにくくなります。
| 場面 | 言ってしまいがちなひと言 | 置きかえたいひと言 |
|---|---|---|
| 切り出された直後 | 「え、なんで?」「急に困るよ」 | 「話してくれてありがとう。言うの、勇気がいったよね」 |
| 理由を聞く時 | 「何が不満なの?」 | 「よかったら、どんなことを考えて決めたのか聞かせてもらえる?」 |
| 気持ちを伝える時 | 「今辞められたら店が回らない」 | 「正直、さみしいです。それだけ頼りにしていました」 |
| その場の終わり方 | 「考え直して、明日返事して」 | 「今日は聞かせてくれてありがとう。日を改めて、もう少し話せる?」 |
左の言葉は、急に言われた焦りから出る、ごく自然な反応です。
ただ、相手から見ると「自分の気持ちより、店の都合なんだな」と聞こえてしまうことがあります。 右のように、まず相手の勇気と、自分の本当の気持ちを伝えるほうが、話は続きやすくなります。

辞めると言う前に、話せていたか
耳が痛い数字もあります。 アメリカの調査会社 Gallup が、自分から仕事を辞めた人に話を聞いた調査です。
- 対象は、過去1年に自分から辞めた米国の大人717人(2023年11月)
- 42%が、上司か会社に「辞めるのを防ぐために、何かできることがあった」と答えた
- 45%は、辞める前の3か月に、仕事の満足や将来について、上司からもほかのリーダーからも話を持ちかけられなかった
出典:Tatel, C. & Wigert, B.(2024)「Employee Turnover: Preventable, Yet Often Ignored」Gallup(2026年2月16日更新・2026年10月22日閲覧)
これは辞めた後に本人が振り返った答えで、日本の数字ではありません。 それでも、「辞めます」の前に話す時間があったかは、上司として振り返りたいところです。 辞める前のサインについては、医療・薬局のスタッフが辞める前兆にまとめています。
やってはいけない引き止め|トラブルになりうる4つ
先に答えると、避けたいのは「辞める日を会社が決める」「退職届を受け取らない」「お金でおどす」「長い説得をくり返す」の4つです。
「退職 引き止め 違法」と検索した方もいると思います。 法律の判断はケースごとなので、ここでは断定しません。 ただ、公的な資料から、辞めることをめぐる相談が多いことは分かります。
厚生労働省は、全国の総合労働相談コーナーに来た相談の件数を毎年まとめています。 働く人と会社の1対1のもめごとの相談のうち、「自己都合退職」は38,386件でした。 「いじめ・嫌がらせ」(55,614件)に次いで2番目に多い内容です。
出典:厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2026年7月公表)。自己都合退職の件数は労働新聞社の報道で確認(2026年10月22日閲覧)
これは相談に来た件数で、そのうち何件が引き止めによるものかは、この資料からは分かりません。 「辞めることをめぐる相談が多い」というところまでです。
引き止めを心配して、退職代行を使う人もいる
もう1つ、民間の調査です。 マイナビは、2023年6月以降に転職した20〜50代の正社員800人に聞きました。 人事担当者1,600人にも、インターネットで聞いています(2024年7月)。
退職代行(本人の代わりに会社へ辞めると伝えるサービス)を使った人に理由を聞くと、いちばん多いのは「引き留められた・引き留められそうだから」でした。
出典:マイナビ「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」(2024年10月公表・2026年10月22日閲覧)

この割合は、転職者800人のうち退職代行を使った人(16.6%)の中での割合で、理由はいくつ選んでもよい聞き方です。 会社の側から見ると、2024年1〜6月に退職代行で辞めた人がいた企業は23.2%でした。
出典:マイナビ「退職代行サービスに関する調査レポート(2024年)」(2024年10月公表・2026年10月22日閲覧)
上司と直接話すより、代行のほうが気が楽って思われてるんですね……。


引き止めが「怖いもの」に見えると、話し合いそのものを避けたくなる人もいる、ということですね。
トラブルになりうる引き止め方
調べた資料と、もめごとになりやすい形から、避けたい引き止め方を4つにまとめます。
- 「後任が見つかるまでは辞めさせない」と、辞める日を会社が決めようとする
- 退職届を受け取らない・話を聞かないまま何度も先送りにする
- 「損害を払ってもらう」など、お金のことでおどす
- 何度も呼び出して、長い時間、説得を続ける(資料の例ではなく、相手が断りにくくなる形として挙げています)
どれも、相手の「辞める自由」を、気持ちではなく力で止めようとする形です。

部下の立場でも上司の立場でも、困った時は国の無料の相談先があります。 総合労働相談コーナーは、次の手順で探せます。
- 「総合労働相談コーナー 所在地」で検索する
- 厚生労働省の「総合労働相談コーナーのご案内」のページを開く
- 都道府県の一覧から、自分の県の労働局の窓口と電話番号を探す
条件で引き止めると、両方に何が残るか|私の「最後のカード」の失敗
ここで、私自身の失敗をお話しします。 私は引き止めた側ではなく、条件で引き止められた側でした。
3年目のことです。 自分の市場価値を知りたくて、並行して転職活動をしていました。 すると、他社から年収600万円の話をもらったんです。
奨学金の返済に焦っていた私は、上司との会話の中で「実は他社から600万円で誘われていて」と話してしまいました。 話はすぐ経営者に届き、面談に呼ばれました。
経営者は「そういう引き抜きの話はいくらでもある」と言いながら、その場で600万円に上げてくれました。 私の年収は、542万円から一気に600万円になりました。
え、交渉成功じゃないですか。


お金の上では成功でした。でも面談の部屋を出た時、少しも心が晴れなかったんです。
経営者の少し冷めた目を見た瞬間に、3年かけて積み上げた信用が一気に減ったと分かりました。 「周りを幸せにしたい」と言いながら、自分のお金のために会社をおどしたのと同じでした。
「他社に誘われている」は、信用と引きかえの1回限りの最後のカードだと、今は思っています。 失った信用は、この後、目の前の仕事で泥臭く積み直すしかありませんでした。
条件だけの引き止めが残すもの
- 辞めると言った側には「おどして上げてもらった」という後ろめたさ(私の場合はそうでした)
- 引き止めた側には、少し冷めた目(私が見たのはそうでした)
- お金は増えても、おたがいの信頼は減ることがある(私の場合はそうでした)
1年後、感謝と一緒に差し出された引き止め
その1年後、同じ会社で、まったく違う形の引き止めを受けました。
連鎖退職で薬剤師が私1人になり、毎日つらくて職場への足が重かった時期です。 私を気にかけてくれていた60代の役員に呼ばれ、こう言われました。
「ほりけん。お前が今、どれだけあの地獄のような店舗を支えてくれてるか、痛いほど分かってる。だから私の権限で、お前の年収を『800万円』にする。だから、最低でもあと1年半は辞めないと約束してくれないか?」
いつも冷静にしていた私が、その時だけは泣きながら話しました。 役員は「いつも、ありがとう」と言い、本部にかけ合って昇給を取ってきてくれました。

同じ「昇給での引き止め」でも、私に残ったものは正反対でした。 1回目は後ろめたさ。2回目は、役員が自分の立場をかけて昇給を取ってきてくれたことへの感謝です。
別の会社から声がかかったのは、約束の期間が残り半年になった頃でした。 私は真っ先にその役員に相談しました。 役員は笑顔で受け入れてくれて、私は引き継ぎを終えて円満に転職しました。
これは、辞めたい人を約束で縛るやり方をすすめる話ではありません。役員から約束の話をされたあと、私は泣きながら本音を話し、役員は「いつも、ありがとう」と受け止めてくれました。私に残ったのは約束の期間ではなく、この感謝のほうです。期間の決まっていない雇用なら、約束があっても、働く人がいつでも辞めると申し出られることは変わりません。
引き止めるなら「条件」より先に「感謝」と「本当の理由」
条件の話をするなとは言いません。 給料や休みが本当に理由なら、それを変えられないか考えるのは上司の仕事です。
ただ、順番があります。 先に伝えたいのは「ここまで支えてくれてありがとう」という感謝です。
感謝の力を調べた研究があります。 アメリカの大学で、寄付のお願いを電話でする職員を2つのグループに分けました。 上司が来てお礼を伝えたグループは、伝えなかったグループより、その後に電話をかける数が増えました。
その理由を調べると、「自分はできる」という自信ではありませんでした。 「自分は大切にされている」と感じたことが、行動を後押ししていたんです。
出典:Grant, A. M. & Gino, F.(2010)「A little thanks goes a long way: Explaining why gratitude expressions motivate prosocial behavior」Journal of Personality and Social Psychology
この研究は、感謝で辞める人が減ると確かめたものではありません。 でも、私の経験とも重なるところがあります。支えてきたことを分かってもらえた時、私は泣きながら本音を話し、最後に「いつも、ありがとう」と言ってもらえました。
辞めると言われてから感謝を伝えても、もう遅くないですか?


遅くはないです。ただ、ふだんから伝えていた人の言葉のほうが、相手にまっすぐ届くと感じています。
面談で聞きたい3つのこと
日を改めた面談では、引き止める前に、まず次の3つを聞きます。
- 何がいちばんのきっかけだったか(給料・時間・人間関係・やりたいこと など)
- それは、ここで変えられることか、変えられないことか
- もし変えられるなら、残る気持ちは少しでもあるか
3つ目に「いいえ」と返ってきたら、それ以上は押さず、送り出す準備に気持ちを切りかえるのがおすすめです。

理由が「新しいことに挑戦したい」なら、それは止めるものではなく応援するものです。あなたの職場では、どんな理由が多いですか?
辞めた人のことで自分を責めてしまう時は、部下が辞めるのは自分のせい?も読んでみてください。
辞め方は、それまでの関係を映す|気持ちよく送り出すために
引き止めがうまくいかなくても、上司にできることはまだあります。
引き止められなかったら、もう何もできないんじゃ……。

それは、辞め方を「感謝して去る」ものにできるかどうかです。
辞め方の型を調べた研究があります。 仕事を辞めた経験のある人たちへの調査などから、辞め方を7つの型に分けたものです。下の割合は、その調査で答えた人の中での割合です。

出典:Klotz, A. C. & Bolino, M. C.(2016)「Saying goodbye: The nature, causes, and consequences of employee resignation styles」Journal of Applied Psychology
この研究では、上司から乱暴な扱いや不公平な扱いを受けたと感じていた人ほど、関係を壊すような辞め方や、突然の辞め方をしていました。
これは「いっしょに見られる」という結果です。上司の扱いが辞め方を決めたとまでは言えません。 対象も主にアメリカの人たちです。
それでも、辞め方はそれまでの関係を映す鏡だと、私は感じています。 私自身、前の節でお話ししたとおり、あの役員には真っ先に相談してから辞めました。
送り出す時にできること
- 引き継ぎの計画を、本人といっしょに立てる
- 残るスタッフには、本人の了解をとってから、伝える時期と言い方を決める
- 最後の日に、具体的な「ありがとう」を1つ伝える
辞めた人がいなくなっても、残ったスタッフはその送り出し方を見ています。 「この職場は、辞める時も大事にしてくれる」と感じてもらえたら、それは残る人の安心にもつながります。
今日からできること
- 「辞めます」と言われたら、最初のひと言は「話してくれてありがとう」
- 理由を聞く面談は日を改める
- 辞めると言われる前から、感謝を言葉にしておく
よくある質問
退職の引き止めは違法ですか?
辞める自由を決めた民法627条は、引き止めの話をすること自体を禁じる条文ではありません。
ただ、辞める日を会社が勝手に決める、退職届を受け取らない、お金でおどすなどのやり方は、トラブルになりえます。 迷った時は、総合労働相談コーナーに相談できます。
部下に辞めると言われたら、すぐ上の人に報告すべきですか?
報告は必要ですが、本人に「誰に・いつ伝えるか」を先に確かめるのがおすすめです。 私自身、上司に話したことがすぐ経営者に届き、話が大きくなった経験があります。 本人の知らないところで話が広がると、信頼が減りやすくなります。
給料を上げて引き止めるのは悪いことですか?
悪いことではありません。 ただ、条件だけで引き止めると、おたがいに後ろめたさや警戒が残ることがあります。 感謝と本当の理由の確認を先にして、そのうえで条件を考える順番をおすすめします。
まとめ|明日の朝、「辞めます」の前にできること
退職の引き止めは、気持ちを伝えるところまでなら、していいことです。 でも、辞めるかどうかを決めるのは本人です。
- 最初のひと言は、打ち明けてくれた勇気への「ありがとう」
- 辞める日を決める・退職届を受け取らない・おどすなどの引き止めはしない
- 条件の前に、感謝と本当の理由を聞く
- 引き止められなくても、気持ちよく送り出す
私は条件で引き止められて信用を失い、感謝と一緒に引き止められた時は、泣きながら本音を話せました。 同じ引き止めでも、残るものは正反対でした。
明日の朝、いつも支えてくれている部下に、ひと言「いつもありがとう」と伝えてみませんか? その積み重ねが、「辞めます」の前に話してもらえる職場をつくっていきます。
